友だちの言葉から焦りが・・・

それから少しして、
出産した友だちAちゃんと久々に連絡を取り、
ランチをすることになりました。

Aちゃんは女の子二人のママ。
私は知らなかったのですが、なかなか子供ができず、
人工授精で授かったということでした。
こんな身近に人工授精をした子がいたんだ!
というのが率直な感想でした。

今は、
人工授精や体外受精をしてる人って結構いるんだ、
と理解しているし、私の周りにもいます。
現に私も体外やったし。

でもこの時はそれすらも分かっていなかった。

子供は自然にできる、
なんて世間知らずもいいところな私だったのです。

Aちゃんと私は古くからの付き合い。
Aちゃんと旦那さんは長く付き合って結婚したということも
知っていたし、仲も良かったのを知っていたので、
なかなか子供ができなかったということに 少し驚きました。

そこでAちゃんから言われたのが、

思ったよりもなかなかできないかもしれないよ、
結婚式もいいけど、赤ちゃんが欲しいなら
もっと真剣に考えたほうがいいんじゃない?
もういい歳だし、タイムリミットだってあるんだよ。

「タイムリミット」
そうか、タイムリミットがあるんだ。
しかも、タイムリミットってもうすぐなんだ。
どうしよう!

私が焦り出したときでした。

タイミングいつとる?

それから、
いつから避妊せず子作りに励むか、
彼と相談をはじめました。

結婚式もあるし、旅行も行きたいし・・・

今考えると、なんて呑気なんだろう・・・
という感じですが。

この時は子供は欲しい。
でも自分たちの都合もあるし、
となんとなく赤ちゃんは二の次のような感じになっていました。
あれだけ焦っていたはずなのに、
本当に呑気なものです。

でもこの後に少し焦る出来事があったのです。

産婦人科で勧められたこと

検査の結果、特に異常のなかった私が先生に勧められたのは、
まずはタイミングをとりましょう、
ということでした。

ただ、タイミングをとることを積極的に勧められたのではなく、
タイミングを取ってみますか?
くらいな感じでした。

年齢的なこともあり、
人工授精を試して、
ダメならすぐに体外受精にステップアップするのがよい、
とこちらの方を勧められた感じでした。

40歳での妊活って、そういう感じなんだなぁと
改めて感じました。
とりあえず、彼に相談してみようと思い、
そのまま帰宅しました。

私は病院に行くと、
必ず帰り道に彼に電話をして報告をしていました。

彼が心配性ということもありますが、
私が彼に話すことで安心するから。
子供みたいですけど、
彼にはなんでも話しておきたくなるんです。

彼と話して、
結婚式もあるからとりあえず、タイミングをとればいいんじゃない?
と、この時は軽く考えて終わっていたことを覚えています。

ただ、この次の日から本格的に基礎体温をつけ始め、
これは妊娠5ヶ月まで ずっと続けていました。

こちらの病院は、
先生がとても淡々としていて、
産婦人科の先生って 冷たいというか、冷静というか、
少し遠い存在なんだな、と感じました。

看護師さんがとてもやさしくて、
何でも相談できそうな、
そんな印象をもった病院でした。

不妊治療の病院ってそんなものかな???

産婦人科での検査

初めて行った病院は
荻窪にある不妊治療専門の病院でした。

なぜ、その病院にしたのかというと…

私は、35歳の時に子宮ポリープの除去手術をしました。
その時に
「1年間は避妊してください」
と先生に言われたのですが、
1年後の検診で、子供が欲しいことを先生に伝えたところ、
いくつかの病院を紹介してくださいました。
その中の先生のお勧めの病院が荻窪の病院だったからです。

「不妊症」とは
妊娠を希望しながらも1年以上、
妊娠しない夫婦を 「不妊症」と呼ぶそうです。
私たちはまだ避妊をしていたので
「不妊症」には当てはまらないのですが、
とりあえず、
異常はないのか調べてみよう!
ということになり、お互い調べてもらいました。

私が調べたのは
血液検査やHIV検査、
排卵がちゃんとあるかとか、
卵管造影検査など、
一般的な検査だったのだと思います。

彼にも精子の状態が問題ないか、
検査をしていただきました。

卵管造影検査は痛いと聞いていたので、
前日の夜からドキドキしていたのですが、
私の場合、詰まりがなかったせいか
全く痛くありませんでした。

すべての検査の結果、
私にも彼にも特に異常はありませんでした。

このときは
これで産めるんだ!
と結果だけをみてのんきに喜んでいた感じでした。

結婚、そして妊活の始まり

お付き合いして5年くらい経った頃、
私たちは入籍をしました。
私が40歳になる年です。

出会った頃から結婚の意思があることは聞いていましたが、
2度目の結婚にはなかなか踏ん切りがつかず・・・。
また離婚しちゃったらやだし、
子供は欲しいけど、
できちゃった結婚はいやだし・・・。
とズルズルするうちに5年もかかってしまいました。

踏ん切りがつかなかったのは、
きっと彼もそうだったのだと思います。

入籍したすぐあとに、
とりあえず、赤ちゃんができる体か検査をしよう!
と産婦人科に通い始めました。

これが私の妊活のはじまりです。

出会い

今の旦那さんと出会ったのは、
離婚をする少し前でした。

同じ会社に彼が入社してきて、
近くに座っていたため、はじめは、
あいさつをする程度だったと思います。

私は、少し変わった人、といった印象を
もっていましたので、
なんとなく、
関わらない方がいいかも、と感じていました。

その後、ほとんど話すこともなく、
半年くらいがたったころ、
きっかけは忘れましたが、
ふとしたことで仲良くなりました。

離婚した後、
何回か飲みに行った時に告白され、
躊躇していた私に、
「付き合わない理由があるのか?」
と少し強引に聞かれ、
「ないかも」と思ったことからお付き合いがはじまりました。

彼との新しい生活は、
会社では内緒にしていましたが、毎日がとても楽しかったです。

ママになりたい

私がママになりたいと切に願うようになったのは
30代前半〜30代中頃のことです。

ちょっと遅いのかな?

その頃私は、今の旦那さんとは別の方と
結婚をしていました。
その方とは残念ながら子供に恵まれないまま、
お別れしてしまいました。

子供だけが全てじゃない!
子供がいない人生だって楽しい!

そうだろうなとも思うし、
それでもいいかもしれないけれど、
チャンスがあるなら産む努力はしたい!
と考えていました。

その日は突然に。

2016年9月27日

特にいつもと変わらない時間を過ごし、
午後には鍼灸院に行ってきました。

鍼灸院の先生に、
出産に向けて、これからは階段をのぼるより、
くだる方がいいですよ。
とアドバイスをいただきました。

これまでは、1階くらいならエスカレーターを使わず
階段をのぼっていましたが、
出産するにはのぼるよりも
くだる運動の方がいいのだそう。

さっそく、買い物のついでに、
4階から地下1階まで、
わっせわっせとくだってみました。
これが、お腹が重くて、結構きつい。
お腹が大きくて足元も見にくいので、
転倒には要注意です。

そして
夜19時頃から、とにかく腰が痛くて、痛くて・・・
ずっとさすっていました。

旦那さんは
「いよいよか。いよいよか。」
とその様子をカメラに撮って いましたが、
その間にも私は痛くて、
「これが陣痛なのか?
でも陣痛は尋常じゃない痛みっていうし・・・」
と考えていました。

当然、陣痛は初めて。
どんな痛みなのか、
どこが痛くなるのかもわからず・・・。

22時半ころ、
お腹も痛いような気がして、
念のため病院に電話をしました。

病院からは
「痛みの間隔が10分以内になったらもう一度電話してください」
と言われました。

その頃には、
10分間隔くらいになっていたような気がしますが、
そんなはずはないだろう、
ただ時間の計り方がわからないだけなのじゃないか?
本当に陣痛なのか?
と信じられないような気持ちと、
出産まではまだまだだろう
と勝手に思い込み、のんきにお風呂へ。

お風呂に浸かると痛みが和らいだような気がしました。
でも、少しするとお風呂に浸かっているのもしんどくなり、
お風呂を出て、病院に電話しようと部屋に戻ると、
立っていられないほどの痛みが・・・。

これは絶対陣痛だ!
とやっと確信して、

その後、23時半頃病院へ電話を入れました。
すぐに病院に行き、
0時に分娩室へ入りました。

9月28日 午前1時30分 2858gの女の子が産まれました。

なんと、1時間半という脅威のスピードで
44歳と15日、初めてのママになりました。

はじめに

私は、44歳で初めて出産をしました。
この超高齢出産の記録を残しておこうと思い、
娘(uta)の1歳の記念にこのブログを立ち上げることにしました。

utaが大きくなったら読んでくれるといいな、
そして、
私のように高齢出産をされる方の励みになればいいな
との願いを込めて。