いい病院ってなんだろう

前回の記事で「いい病院」だったと書きましたが、
「いい病院」ってなんでしょうか?

他の方はどのように病院を選ぶのでしょうか?
キレイだから?
近所だから?
そこしかなかったから・・・?

大学病院で産む、自宅で産む、助産院で産む、など選択肢は色々あると思います。
私ももっと若ければ、助産院で産みたかったです。

わたしのような高齢出産になると、
難産になる確率が高いことや、
妊娠高血圧症候群などのリスクがあるため、
どうしても出産できる場所(病院)が限られてしまう。
それは私もよく理解していました。

私の通っていた病院が「いい病院」だった一番は、
高齢出産でも全く問題がない、特別扱いをしないところです。

私は「高齢出産」ということをすごくすごく気にしていました。
高齢出産ならではのリスクを踏まえた上でだと思いますが、
私が気にしていると先生が、
「年齢は関係ない。
 うちは高齢でも帝王切開を進めることもしません。」
と言ってくださり、さらに
「これは持論ですが、実際の年齢はあまり関係なく、
 見た目年齢ってすごく大切で、utaha-haさんの場合、
 見た目が若いので全然問題ないと思っていますよ。
 あくまでも持論ですけどね」
と言ってくださりました。
これは私にとってずっと励みになっていました。

転院

母子手帳をいただく手続きと同時に、 転院の手続きもとっていただきました。

私の通っていたクリニックでは、検診は受けることができても 出産はできない為、出産できる病院に転院する必要があったのです。

「何かあったらいつでも来てください。」と 先生がおっしゃってくださり、
はじめにここに来てよかった、と 改めて感じました。

転院先の病院をいくつか紹介していただいたのですが、 近くの総合病院は、子宮ポリープの手術や稽留流産の手術をした 暗い経験があるので、一駅隣の病院を選びました。

この選択は間違いなかったと、今でも思います。
今でも娘がお世話になっているくらい、いい病院ですし、
はじめに診ていただいた先生もサバサバした、とてもよい先生で 検診は、いつもこの先生にお願いしていたくらいです。

母子手帳

2016年2月26日、いつもの検診で問題がなかった為、 母子手帳をもらってくることになりました。

「とうとうこの時が来たか〜」
待ちに待った母子手帳を手にする日がやってきました。

病院を出るとすぐに、近くの出張所に行き、 母子手帳をいただきました。
手にした時、
私もママになれるんだ。
と感動とともに なんとも言えない幸せな気持ちが湧き上がってきたのを覚えています。

すぐに写真を撮って彼に送信しました。
彼も感動したようで、嬉しそうな顔が想像できるような返事が返ってきました。

やっと、少しだけ安心したような、前に進めたような気持ちになれました。
ここから私の幸せなマタニティライフが始まりました。

漢方薬

妊活の時から調合してもらっていた漢方薬局の先生にも
妊娠のご報告をしたところ、とても喜んでくださいました。

やっぱり、漢方薬の調合がよかったのだと、大満足の様子でした。
漢方薬は本当に効き目があったように思います。
この漢方薬は出産間近まで飲み続けていました。

それと同時に、「バイオリンク」を飲み始めました。
これは漢方薬局で進められたもので、お腹の赤ちゃんに良い影響を与えるということでした。

この薬のおかげで、赤ちゃんは元気にすくすく成長したのかもしれないと 思っています。

1週間毎の検診

その後、1週間おきに検診に行きました。

週に一度、赤ちゃんの様子を見ることができたので、 月1回の時よりも安心感はありました。
ただ、先生の一言に一喜一憂して、
少し小さめかな、と呟かれると、 育ってないのでは?と心配が募ったり、
問題ないかな、と呟かれると 安心したり・・・
といった感じに。

4回目の検診後、赤ちゃんが小さいという言葉に、 どうしても心配になってしまって、一度だけ、他の病院にも 行ったことがあります。

結局その病院でも特に問題がない、という結果だったのですが、
コミュニケーションって大切なんですね、
言葉少ない先生だとどうしても心配になってしまうことがありました。
今考えると必要以上に、ビクビクしていたような気がします。

この時に購入したのが、「エンジェルサウンズ」です。
まだ赤ちゃんが小さすぎて、心臓の場所を見つけるのも一苦労で聞こえたり、
聞こえなかったりしたのですが、2日おきくらいには夫婦で聞いて 安心していました。

陽性反応

2016年が明けた1月20日、妊娠検査薬で陽性反応がありました。

生理予定日から1週間くらい経ち、数日前からなんとなく体調が悪く、
まさか・・・と思いつつも、 これまでにも同じようなことがあったのであまり期待しないよう 過ごしていました。

そして満を持して妊娠検査薬でチェック。

陽性反応が出た妊娠検査薬を握りしめ、嬉しくて泣きながら彼に結果を見せると、 彼も泣いて喜んでくれました。

でも前回のことがあるので、二人とも冷静に、 しばらくは誰にも言わないでおこうと決め、1週間後、病院に行くことにしました。
それまでの1週間はうれしいけど心配、二人でドキドキ、ニヤニヤしながら過ごしました。

翌々日の22日には後輩の結婚式に出席させて頂いたり、
友人とのランチや仕事など極力普通に過ごしていました。

そして1週間がたった28日、
いつも通っている近所のクリニックへ行きました。

先生に陽性反応が出たことを伝え、クリニックでも尿検査、
そこでも陽性反応が・・・。

その後のエコー検査の結果、
ちゃんと子宮の中で、
赤ちゃんの心拍も確認できました。

私はただただうれしくて・・・
ドキドキしながら先生の診断を受け、エコー写真をみせていただきました。

先生は何気なくポンと私の目の前にエコー写真を置かれましたが、
私は感動し、エコー写真に釘付け。
まだ形も豆粒のようで、子宮の中にぽつんといるだけ、
それでも思わず「かわいい」とつぶやいてしまうほどの感動でした。

先生も「よかったね。」とは言いつつも私たちと同じ、
先のことが不安だったのだと思います。
このまま少し様子を見よう、ということになりました。

私も一瞬、不安な気持ちを忘れましたが、
そうだ、私は高齢出産なんだ、
また前回のようになったらどうしよう、
と嬉しいけれど不安、そんな複雑な気持ちが舞い戻ってきました。

それから1週間ごとにクリニックへ行き、赤ちゃんの様子を見守りました。
1週間の間は本当に不安で不安で・・・。
無事に育って欲しい、
でも前回のようにお空に帰ってしまったらどうしようと。

それでも、うれしくてうれしくて、1週間毎の通院は
ドキドキワクワクでした。

妊活中の生活

妊活中、お仕事も出来る範囲でしながら、
大学にも通いながら (会社を退職してから通信で芸大に通い始めていました。) プラセンタ注射や漢方薬を続け、タイミングをとり続けていました。

旦那さんが出張だと言えばついて行き、出張+旅行を楽しんだり、
美味しいものを食べたり、
いろんな講演を聞いて語り合ったり、
とにかく、二人の生活を満喫していました。

2015年12月、毎年恒例となっていた海外旅行へも行きました。
この海外旅行が、子供を授かる前の最後の旅行となりました。

まったり妊活

まったりした妊活。

何もしていないわけではなく、相変わらず、漢方薬は飲み続けていました。
体を冷やさない、
冷たい飲み物は飲まない、
適度に体を動かす、
などといったことはもちろん、継続していました。

仕事も出来る範囲で、自宅で続けていました。

一つ始めたのは、プラセンタ注射です。
不妊の治療として絶大な効果はないかもしれませんが、妊娠しやすい体を作るには いいはず、ということ、
前回、妊娠した時にはプラセンタ注射を打ったり、サプリを服用していたので、 もしかしてこれがよかったのかも? と近所のクリニックの先生とも相談し、週1〜2回、注射を打っていました。

このクリニックの先生からも私の年齢では体外受精は難しいかもしれないと 言われました。

人によるのでしょうけれど、私には合わなかったのだと思います。
クリニックの先生には排卵のタイミングを見て頂いたり、クラミッドを処方して頂いたりしましたが、
先生が「タイミングだけでいけるような気がするなぁ」と
言ってくださっていたので、それを信じて通っていました。
そのうち、排卵のタイミングも排卵検査薬でチェックし、クラミッドを飲むことも ほとんどしなくなりました。

とにかく自然に・・・。

漢方薬局の先生にも「タイミングだけできっと大丈夫ですよ。」と言って頂いたり、 私の周りには心強いことを言っていただける先生がいたので、なんとなく 大丈夫かも、とあまり焦ることなくゆるく頑張り続けることができたのだと思います。

また、「この年齢でまだ子供?」って思われたら嫌だなと思って、 友人に「妊活してます」とは言いにくいなと思っていたのですが、私の周りには そんなことをいう方はひとりもいなかったのも救いでした。

久しぶりに会うお友達に「実は今妊活中なんだ」と言うとみんな「頑張りなよ。」と 励ましてくれる子ばかりでした。

この周りの環境が、穏やかな気持ちで妊活生活を送れたのだと思います。

3回目の体外受精

ひと月お休みをしてまた採卵、移植をすことにしました。

この病院はとても人気で毎回、すごく混んでいます。
1回の通院で3時間はかかります。
そのほとんどが待ち時間。
人がとても多くて、不妊で悩んでいる人ってこんなにいるんだ。と驚くほど。

朝、早起きして7:10に到着しても、すでに89番目。
これだけ混んでるんです。
しかも、先生とじっくり話すわけではなく、本当に事務的。
しかも数分。

それがいいという人もいると思いますが、心のうちを話すことができず嫌だという人も いるでしょう。
私はよくも悪くもなかったけれど、ベルトコンベアーのように流れ作業的な雰囲気と 待ち時間の長さにストレスが溜まってしまっていました。
どうも前向きな気持ちになれないというか・・・。

採卵は2回目。
今回は麻酔もせずに実施。
それほど痛くはありませんでした。

結局、2つ取れた卵のうち、ひとつは空胞だったので 卵は1つのみ。
今回の卵は形が良いとのことで、このまま胚盤胞まで培養することになりました。
が、胚盤胞まで育つことはなく、移植をすることはできませんでした。

まだ数回だけしかやっていないけれど、精神的にも肉体的にも ストレスが溜まってしまい、そんな私を旦那さんんが察してくれ、 しばらくお休みすることにしました。

しかも、私の年齢では、体外でも、タイミングでも確率は同じ。
それならば、体に負担のかからないタイミングで頑張ろうと、旦那さんが提案してくれました。

2015年7月、42歳。
ここから私のまったり妊活が始まりました。

2回目の体外受精

2回目は前回凍結した分割卵を移植することになりました。

前回着床しなかったのは、卵の状態があまり良くなかったからだろう、
とのことで、ほとんどの原因は卵なのだそうです。

着床しないことはよくあることだそうです。
それはそうですよね。
簡単に着床していれば不妊治療なんてこないもの。

分割卵の移植は、胚盤胞の移植に比べ確率は下がるけれど、 ずっと子宮の中にいるので温度も一定で暗いこともあり、分割卵の方が 良い場合もあるそうです。

結果は・・・ 今回も陰性。
しかも着床もしていないとの結果でした。

まだ初めて2回ですが、このまま続けていいのか・・・すでに疑問に思いはじめていて ひと月お休みし、タイミングを取ることにしました。